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   未来の1年は1秒でくるけれど。過去の1年は10倍で遠ざかってゆく。

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出版と学習支援の研究所:
組織および社会人と学生の知性を応援します。すべての世代が一般教養を超えて成長する時代に入った。”

The Nishio Cultural Research Center
西 尾 文 化 研 究 所
(2006)

自己紹介です。profile:You might get to know further about me.
■2006(H18).7.25。「僻地(へきち)医療」。

先々月、「NHK教育-TV」で下記の番組が放送されました。テレビガイドに紹介された内容
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ETV特集 2006年5月20日 22:00〜23:30「ある地域医療の”挫折”」。北海道・過疎の町で診療所医師が辞任▽町長との対立▽住民の不安▽平成の大合併の陰で起きた先進地域医療の危機◇政府が推し進めてきた「平成の大合併」。北海道の南西部では昨年9月に北桧山町、瀬棚町、大成町が合併し「せたな町」が誕生した。だが、この合併に伴って思わぬ事態が起きている。地域医療の”崩壊”に揺れる、せたな町の現状をリポートする。旧瀬棚町は予防医療に力を入れ、地域医療の先進例として全国的に注目されてきた。ところが合併で誕生した、せたな町はこうした医療の打ち切りを表明。これにより、これまで地域医療を支えてきた医師や看護師らの大量退職を招いた。
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ここから今日の本題です。実は、ちょうど「3年前」に、この診療所へメールをさし上げました。 それ以降、メールの内容が、診療所のホームページに掲載されました。
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(荻野吟子記念瀬棚町国民健康保険医科診療所2003.6.)

地域医療の仲間達

「 1 通のメール」  地域医療の輪 特別編
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先日、管理者宛へ1通のメールが届きました。内容を以下にご紹介いたします。 地域医療というものは、そこに住んでいる方たちが触れる医療すべてを言い、人口の 多い少ないはあまり関係が無いように思えてきます。また、その地域の伝統や文化を 感じ、溶け込み、時には改革し、新しい文化や伝統を住民と一緒に作っていくことが 大切だと教えて頂きました。
そして、これらの意思は、遠い昔先人が一人で切り開いてくれた道を次々と受け継い だ方たちにより現代まで続いているのだと思います。医学ではない、地域の医療を改 めて考えさせられたメールでした。
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はじめて、メールをさしあげます。
インターネット検索結果の中に、偶然「荻野吟子」女史の名前を見つけました。 「僻地医療へ旅立った」までは知っていましたが、その後については、よく知りませ んでした。
ちゃんと足跡、というか継続というか、理想が今も実践され、途上にあるんですね。 遠くから応援しています。
みなさん、がんばって下さい。(みなさんご自身もお身体を大事になさってくださ い)
愛知県西尾市の市民より。(西尾市出身の高橋瑞子は日本の女医3号です)。 彼女は人生を医療につくしました。
(郊外の大半は、昔ながらの田園風景ですが、残念ながら後に、地元は、日本中の話 題になってしまった中学生いじめ自殺事件「大河内清輝君事件」が起きてしまいまし た。
昔と違って、大企業の工場が立地して巨大な社宅もでき、転入した新住民も増え、学 校教育や生徒の交際環境も随分かわってしまったようです。保守的な地方と、都市化 の波に加えて日本人の文化のスタンダードがあいまいになったことで、青少年へのス トレスが強くなっているように感じます。古い町村が合併した市でここ10年間に1万 人が増え人口が10万になったばかりです)。
(さらに、数年後には同じ校区内で、やはり全国で話題になった、中退男子生による 「女子高生ストーカー殺人事件」が起きてしまいました。「何もなかった事にしよ う」というような態度としか思えないほど地元では反応が起きていません。中途半端 な都市化は田舎の人間を中途半端な日本人にしているように感じます。
30年ほど昔アメリカに滞在したとき世話してくださった移民1世の日本人年配者が、 黒人について、「白人の血が少し混じった黒人の方が質が悪い」と評していました。 自分たちを差別化する優越した意識によって他人に無関心になる、という弊害を指し たのだと思います)。
土地の立派な伝統というものが、いかに後継者の肩にかかっているか、ということ考 えさせられました。
あなた方の診療所のホームページを拝見し、同時に、この地の伝統にも思いをはせま した。
愛知県に帰って就いた教員職の母体が医科大学だったので、毎日の外来が数千人とい う大学病院も目にし、医師・看護士・検査技師・放射線技師などの学校もありまし た。私は医療系ではないので別の視点でながめてしまいます。
広告代理店や輸入商社やコンピュータ専門学校と職歴をもつ私には、「僻地医療」と いう言葉が実際以上に「大学医療」という言葉の遠い対極にあるように感じてしまい ました。
私の人生と職業観に大きく影響を及ぼしたドラマは「わが人生の途上にあり」という 日本語に脚色されたイギリスの作品でした。
医師のいない炭坑町に赴任して夫婦2人で炭坑夫たちのケアをする青年医師の物語で した。「ひび割れた手に幸せがある。(誰も見向きもしないとしても)素晴らしいこ とは天に書かれてある」のような台詞があったように記憶しています。
荻野吟子(女医1号)、生沢久乃(女医2号)、高橋瑞子(女医3号産婆1号)、 シーボルトの娘イネ(産婆2号)、東京女子医科を設立した吉岡弥生、、。時代を自 分の人生にした人々の伝統が、「瀬棚町医療センター」の方たちにも流れているよう に思います。
人生は時代の空気をいっぱいに吸い込んでふくらむもの、のように思います。みなさ んを遠くから思いそちらの空気をいっぱい吸わせていただきます。私の背骨のどこか に埋まっている「わが人生の途上にあり」に再会した思いがしました。
私は「自己実現とは感動の再現である」という自分のことばを辿って人生を進んでい ますが、今日は、「偶然の感動」に感謝します。
私の次のような理論が実感できました。「遭遇が感情を誘発し時間が起動する」。
私のプロフィールの最終章に「瀬棚町国民健康保険医科診療所」が記憶されることに なりました。
ありがとうございました。
一部省略

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この文章は、こちらのホームページにて公開されています。
西尾文化研究所ホームページ  http://www.nishnet.ne.jp/~bunka/
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瀬棚町診療所のみなさんが、たいへんな運営上の課題をかかえ込んでしまったことを、 私は今年の4月に、NHK-TVの夜の全国ニュースで、知っていました。瀬棚で地域医療に励んでいたみなさんは、苦渋の決断を迫られた、と思います。「なにが理想か」という途絶える事のない「歴史的テーマ」は、世界中で、さまざまな単位で、人生とつながっている、ことが痛感されます。
私たちは、その裏返しとして、「幸せの確率」を測量しているのだと思う。


(2006.7.25.西尾文化研究所発)



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(西尾文化研究所 2006(H18).7.25.)











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