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■2003(H15).12.1。「シャンソンを愛唱する友に託して」。
Kちゃんへ:
ジュルヴォアの歌詞メールありがとう。
あと5分で、
「放送の時代が変わる」。
▼ぼくの人生にとって「放送」は、
「ジュルヴォア」です。
小学6年で作った
鉱石ラジオを手に持って
校庭で聞いた「ラジオ放送」が本当の意味で
初めての放送との「出会い」。
父の実家の隣りが医院で、
同じ頃に、
始まったばかりのテレビの実験放送を
みんなと一緒に見せてもらいました。
小さなお盆のような
丸い画面の乱れを
調整ダイヤルを回して
苦労して安定させるのです。
声に合わせて
映像が動いている!。
(超感動〜〜!)
▼それ以来。
その小さな画面の向こうへ入って
行くぞーっ、って訳で。
「ジュルヴォア」待っててくれ〜!!!
という人生になった。
たった今、始まった「デジタル本放送」を
パソコンの前で見ていると、
あらためて自分が本当に58年間も
生きてきたんだな、、って思う
(あっ、という間に過ぎた半世紀でした)。
▼鉱石ラジオ(小学)、
真空管ラジオ(中学)、
その自作のラジオと屋根に張った10mの針金アンテナで
海外からの放送受信(中学・高校)。
放送学科そしてついにあの小さかったテレビ画面の中へ。
放送は、
ほんとうにシャンソンみたいに、
ここちよいリアルな人間社会を
ぼくに見せてくれました。
▼恋愛もそうだけど。
双方向がほんものでなければ本当には、
その幸せを知ることはできない。
日本全国に取り残されたほとんどの
日本人の人たちのために、
閉鎖的地域や因習や偏見や封建的なもろもろから
人生を解放できるよう、に
デジタル放送が役立って欲しい、と思う。
アナログ放送が実現できなかった地方の解放を、
21世紀に実現できるだろうか。
▼高校卒業、就職、車、結婚、子育て、マイホーム、、、
みんなが同じ夢を見る。
日本の地方の人々の笑顔は本当に東南アジアの人々の
笑顔に似ている。
日常のささやかな笑顔だ。
労働とテレビとパチンコ。
日本の全国に共通して存在する地方の日常生活文化は、こんなもの、です。
若い世代が未来の構想もなく、育てられているのが、
地方の現状なんだ。
(残念だけど、、)。
▼シャンソンの「人生」と、
ほとんどの日本人の「人生」とは、
「旅」対「観光」のような位置関係にある。
放送から50年。
都会と地方との格差はますます広がった。
おそらく、これからの50年、
日本は「大都会と田舎町」へと向かって
いくんだろうね。
▼踊り手の少なくなった盆踊り。
いまの日本経済はそんな感じです。
コンピュータとデジタル放送というハードメディアが
伝達手段として整ったのだから。
人間性を開発するソフトメディアが進化できれば
なんとかブレークスルーできるように思う。
若い時代から「哲学する」という日本人になりなさい、
と言いたい。
貧弱になった番組内容を一新できる新しい人材が
デジタル放送で育ってほしいね。
▼ぼくらの世代は、若い時代にけっこう
ヨーロッパ映画も、ジャズもシャンソンも
馴染んだのに、
今の輸入量は圧倒的にすくない。
日本の指導者層に
ヨーロッパ派よりもアメリカ派が
台頭してきたという流れの結果を受けて、
若者も変わったということだね。
子どもの教育がほんとうに難しい環境に
なってきました。
▼デジタル放送開始という
「記念の日」に想いを残しておきます。
いま、そっちは
♪シャンソン♪が
ながれてるのかな〜、、
H15.12.1.昼 Harryより
*ぼくのイメージでは田舎町とは、
オマハやシャイアンって感じかな。
(自然と陽光が住人であるようなこの町みたいな)
Je le vois(ジュ・ル・ヴォア)は「私は見る(わかる)」というような意味のようです。
(2003.12.1. 西尾文化研究所発)
(西尾文化研究所 2003(H15).12.1.)
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