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    私たちは同じ一日に真実も未来も考える。だから図書館と放送局を兼ねるようなメディアにコンタクトしたい。

(このページ"For people creating language arts."は世界的分析サイトNedstatの「Art and culture general」日本部門の上位にランキングされています)
出版と学習支援の研究所:
組織および社会人と学生の知性を応援します。すべての世代が一般教養を超えて成長する時代に入った。”

The Nishio Cultural Research Center
西 尾 文 化 研 究 所
(2005)

自己紹介です。profile:You might get to know further about me.
■2003(H15).6/23.
「観察と成長の可能性」。

心を打ち割って一粒一粒を眺めれば。それは自身を生き写したかけらだ。▼私がローラースケートで町を回るのは、その事に端を発している。▼心の成長期にいる人に刺激を与えたいのだ。いろいろなことを感じる一助にしてほしい。私を観察することは人間観察のいい学習だ。それは連想を促すし時には錯覚も誘う。真実や事実への道は心からしか入れない。人間の成長の可能性は観察に球根を持っている。▼私のローラーは様々な心のかけらを刺激する。初めて私を目撃した時は「怪しく」思うだろう。あるいは最初から「快感」を受ける感性の人もいただろう。遊んでばかりいる怠け者という「軽蔑」も浮かんだかも知れない。「若者だと見誤ったり」「そのうち事故に合うだろう」「選手だろうか」「どこまで行くのだろう」「孤独だろう」「職が無いのだろう」。▼私の英語の解釈では、mind は「心がうずく」、heartは「でき上がる固有の世界」だ。この図式が実感できないと少なくとも英語の「マインドとハート」は理解できない。心には刺激が必須です。▼私を何年も目撃する青少年は、一つの記憶の流れを眺める。私の、そして観察した本人の、物語だ。▼成長期(8〜16才)にしか増強しない背筋(はいきん)が、大脳の成長に大きな効果をもっている事実のように、(大脳がパニックを起こすと腰が抜けるのはそれを恐らく象徴している)、成長期のさまざまな観察によって本人が人生上で拠り所とする個人だけの価値の樹が仕上がる。▼私は40数年前の予定通り今やっているに過ぎない。小学生の頃から私の関心は、町じゅうを歩く「ばか」扱いされる精神薄弱の人だった。東京の大学から帰った夏も。私のCMフィルムが全国で流れるようになった冬も。白髪で老けてからも実にいい笑顔の持ち主だった。その後は知らない、、。▼当時、彼に対して無神経な大人を軽蔑する私はませた小学生だった。私には「 無神経な人間の方が苦労の多い顔をしているのは何故か」が、人生で解くべき大きな謎となった。▼多くのタイプの大人と様々な職業があり、考えも多様にある、ということを若い人たちが社会を通して目撃してほしい。厳しい眼で大人を評価し自分の人生の糧として貰いたい。▼1人の人間が長い間社会に露出しつづけていることで、身内以外の人間の変化を観察するという機会を提供したい。▼芸術は最も個人的なものだが、その生ずる源は、個人がとらえた真実であり事実だ。私は人生を芸術化したい。生涯、有名人に出会ったことも無く、社会全体を動かす人物と会話する機会もない地方の若い人々は、人間というものがどんなに多様な生き物であるかを知らない。▼人間への好奇心、社会への好奇心、世界への好奇心。結局それらが肉体を通して自己を実現するのだ、ということを察知してもらいたい。▼大した大人ではないという事実でも私たち大人は自分の眼一杯のアピールを次の世代に向けて投げかけるべきだと思う。生きる力は私たちの中にあるのではなく、若い人たちの中に育つものだから。当然、与えるものではない、アピールするのみだ。
(H15.6.23)










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