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■2003(H15).4/15.「アガサ クリスティ」。
英語で「Orient(オリエント)」といわれるとそこには日本は入らない。地中海が中心とされた古代の歴史に登場していないからだ。 ずっと後になって中国がそこに含まれ、(Eastが東方として使われる頃)、中国の漢字によって「東洋」と呼ばれた日本が初めて世界の一部に登場した。
「日が上る地方」とはイラクからエジプトにわたる一帯を指しこれを「オリエント世界」といった。▼婚約を破棄して選んだ夫クリスティとの10年間を閉じたばかりのイギリス人中年メアリーは1930年このオリエントの地メソポタミア(イラク)を旅行した。ここに若い考古学者がいるのは当然でした。2人は恋に落ち彼女は彼の発掘に毎年イラクやシリアへ同行する日々を迎える。▼母の死や夫の浮気で深く傷ついた彼女のデリケートな精神が立ち直りをみせた矢先の出会いでした。▼「人生の中で出会う最も幸運なことは、幸せな子供時代をもつことである」と晩年語ったほど裕福な家庭に育ち、幼少期にはすでに”ばあや”から読書も聖書も学ぶことができた。6才でフランス語とピアノを習い、10才頃から雑誌への詩や小説を投稿し始めます。▼声楽に挫折した16才は病気の母とエジプトのカイロへ旅をし長編「砂漠の雪」を書いた年でした。10年後にはすでに結婚していましたが処女作「スタイルズ荘の怪事件」で名探偵エルキュール・ポアロを誕生させて3週間で書き上げ出版社に売り込みを始めています。夫と娘をもつ新進ミステリー作家として成功しましたがその幸せは5年ほどでした。▼13才年下の考古学者マックス・マローワンは思慮深く思いやりのある人物で出会って間もなく彼女のヒット作「オリエント急行の殺人事件」が誕生します。しかし彼女の名前が「アガサ・クリスティ・マローワン」としてついたのは、中東(the Middle East)での生活をつづった作品「さあ、暮らしぶりを話して」で、第二次大戦終戦の翌年1946年でした。▼晩年には夫が考古学への貢献により王室から「ナイト」の称号を与えられ、彼女もすぐそれに相当する女性の称号「デイム」になりました。1976年85才で亡くなる2年前、シドニー・ルメット監督で大スターが勢揃い出演した「オリエント急行殺人事件」のロイヤル・プレミア・ショーでエリザベス女王に会い歓談したそうです。▼「世界のアガサ・クリスティAgatha Christie」は、もちろん日本にも大変多くのファンがいる。▼イラクのフセイン大統領が故郷と呼ぶチクリットが、先のバクダットと同じく陥落し、3週間余りにわたったアメリカとイギリスの「対イラク戦争」は事実上昨夜2003年4月14日終戦しました。▼動物分布でいう「東洋」区とは、大体北緯30度(ヒマラヤ)以南のアジア地域を指すようです。 (H15.4.15.西尾文化研究所)
(西尾文化研究所 H15.4.15.)
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